段ボールに埋もれながら、新しい事務所の近所を気分転換に知識探検してみました。
徳川家康は江戸城の守りを固めるために大番組【大番=江戸幕府の常備兵力の部隊】に属する旗本【戦場で主君の軍旗を守る武士団、徳川将軍家直属の家臣団】たちをこの一帯に住まわせたところから「番町」という地名。大番組の六組の屋敷が置かれていたので一番町から六番町まである。1872年に建てられたイギリス大使館の長い石塀が徳川幕府の騎射馬場だった。
又ポエジーの溢れる地名も次々とでてくる:一番町の道は入り組んでいて坂道が多く、行きあう人の袖が摺れるほど狭かった「袖摺坂」、五番町と二番町を結ぶ五と二が「五味坂」、斎藤法眼という僧の屋敷があった「南法眼坂」など風情満点。千鳥が羽を広げたような内濠の形から「千鳥が淵公園」。
又ミステリーも:伊賀忍者、服部半蔵の屋敷があったことに「半蔵門」と皇居の御所に一番近い門。服部半蔵の屋敷の場所はまだつきとめてない、、
又スリルも:怪談の番町皿屋敷(井戸の中からお菊の亡霊が「お皿が一枚……二枚……」「九枚……一枚足りない……」)
又カルチャーも:明治になると、政府役人の官舎や華族(かぞく)の屋敷が並び、山県有朋の邸宅もあり、津田梅子が津田塾大学の前身である女性の自立をめざした英語学校・女子英学塾を創立した。などなど
さて、次のページは?は、は、は、、
新住所(5月9日PMより)〒102-0082 一番町10-10
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