たて糸・ヨコ糸

2008年4月27日 市川團十郎氏・和洋の舞台

市川團十郎
フランスと縁の強い市川團十郎さんの舞台の印象は、2004年の海老蔵さんの襲名披露公演からです。日本とフランスの両国に行われました襲名公演を実は両方とも見ました。東京公演では團十郎さんはいらしゃらなかったですが、パリ舞台ではなんとフランス語で口上の一幕もありました。観客の反応も、フランス語で話す歌舞伎役者達、にらみなどなど印象深い時でした。
今回のセミナーでは2007年オペラ座ガルニエに行なった公演の話を伺えて、間近に質問できたことは大変嬉しく思いました。米国での舞台の経験もある團十郎さんが語って下さった欧米の違いも興味深かったです。またオペラ座伝統的な独特の斜面の舞台を歌舞伎ように真っ平らにしたエピゾードにも驚きました。西洋バレーと和の舞踊の違いは舞台構造だけではなく、バレーは姿勢を高くして踊ることに対して、日本舞踊は低くして舞う所など。姿勢の違いについても、團十郎さんの話をもっともっと伺いたかったのです。
以前、日本舞踊のお稽古をさせて頂く機会がありましたが、その時に驚いたことは足の角度でした。日本の歩きの美・姿勢の基本の内股がフランスでは美しいとされません。今までの自分の教育をすべてひっくり返す体の訓練に戸惑いました。美しいラインの感覚、エロチックな仕草のとらえ方が、異なることに本で書かれている以上に実感しました。
日本とフランスを繋ぐ赤い糸は、文化の違いを超えて、見る側は本質の「美」を感じられることではないでしょうか。

2008年2月26日 時鳥に学ぶこと

日本の歴史的な人物、3人の性格の違いを表す有名な言葉を前から面白く思っています。
泣かぬなら、殺してしまえ、ホトトギス(織田信長)
泣かぬなら、泣かせてみよう、ホトトギス(豊臣秀吉)
泣かぬなら、泣くまで待とう、ホトトギス(徳川家康)
これを現代に置き換えて、政治(政治家)、企業や社員教育のアプローチなどで比べられることが多いです。(小泉政治、壊し屋タイプ○○ベンチャー企業、、などなど)

もうひとつのモラルをこの言葉にあると見ます。
織田信長は無数のホトトギスの中から泣きそうな鳥達だけを選んで集めた、
豊臣秀吉はそれらのホトトギスに泣かせる練習や訓練をさせた、
徳川家康はやがてそのホトトギスが泣くまで待ちました。

さて、今、ここ、一番求められているのはどちでしょうか?

2008年2月11日 育てること・教えること

本日「こども能チャレンジ」の手伝いに行ってきました。子供達に教える能楽師の先生方も子供たちも楽しく、時には厳しくしている姿に考えさせられました。
伝統芸こそ厳しいお稽古の場、数百年も続いた伝統を伝える、何百年も伝わってきた教え方、、、それはどういう風にこの短期チャレンジの子供たちに伝えるかはきっと未知な世界でしたでしょうね。先生方は様々な方法論を考えられたのだ思います。発声のお稽古では新聞を力いっぱいやぶってお腹から声を出す練習をさせるなどそれぞれの工夫されたようです。最初はきっと戸惑いがあったと思います。ご自分も、またその前の世代から受け継がれてきた芸とお稽古の仕方とは違うアプローチが必要だったのではないかと思います。それらは見事に子供たちに伝わっていました。柔軟に発想の転換ができた先生方に感動しました。
極めたものがあるからこそ、それを噛みくだいて教えられる。 自分というものを持っているから伝わる。経験することの大事さを教えられた気がします。
相手は子供だからできたことかも知れません。
現代社会の教える・育てることはまさに「相手を見る」ことと思いました。 その人の目線になって考えることは自分に取っても努力が必要です。怒鳴るのではなく、相手を感じる気持ちを持たないと信頼されないです。その第一歩は相手を敵ではなく味方・身内と思えることでしょうね。

色んな意味でとても勉強になった一日でした。私の周りにある問題の解決の糸口が少し見えた気がします。

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2008年1月27日 ミスターKとその仲間

SCCJ ( Sports Car Club of Japan )の新年会は今年、名誉会長の白寿祝いを兼ねて行なわれました。名誉会長はなんとミスターKです!片山豊さん、日産のZをアメリカに広めたり、日本での自動車ショー発祥の仕掛け人だったりし、歩く車の歴史そのもの!緊張してなかなか近づけないまま時間が過ぎました。そして、ご本人のスピーチの時間になり、その立ち姿に年齢を感じさせない力強さを感じ、心に直撃する言葉に感動しました。

sccj 片山会長会の設立から(1955年!当時はや米軍基地で滑走路も走ったりし、、)様々な波を乗り越え、日本の自動車市場と共に生きた皆さんの話はどれも私に元気を与えくれました!
片山さんは米国日産の初代社長で、その活躍でフェアレディZを浸透させヒットさせ、本人の写真はアメリカ中のディラーに展示され、「ミスターK」という愛称で知られています。なんとデトロイトの「Automotive Hall of Fame (車の殿堂)」に4人目の日本人として殿堂入りされた方です。

とろで、不思議なことに片山さんのSCCJの会員番号は1ではありません。その訳はまさにリーダの素晴らしさに触れる話でした。会の設立の際、会員番号は早い者順で決める事になったそうです。まず最初に手を上げた片山さんは1番ではなく誰も好まないだろうからと自ら「13」番を選ばれたそうです!

勇気を振り絞って片山さんの隣に座ってお話をさせて頂きました。(緊張に弱い私です)頭の中はこんがらかって言葉を失った私が片山さんの質問に答えたのは「エンジンの付いているものは元々好んでいません」!!!
片山さんはニコッと笑って、助けの手を差し伸べてくださり、共通話題のヨットと車とバイク、風について、カーブの美しさの感動について、フロントグラスのデザインについて、、様々な花が咲いてしばらく独占させて頂きました。

sccj 浅岡さん

また、外国のレースに初めて日本チームとして参加された皆さん(1963 東アフリカ・サファリラリー)、第一回日本グランプリに出場した方、、初の初の連続で、どなたのお話も驚くばかりでした。殆ど生れる前の話で実感はないですが、皆さんに情熱の陰りは微塵も感じられませんでした!
片山さんのスピーチの中で皆さんの今後の検討課題もありました;車の今後について!そしてもちろんスポーツカーの今後について。

私は最近よく感じることですが、パッション・勝負精神・熱を持ち続けて生きる方の顏を見ると、本当に良い顏だ!と感動します。私も年を重ねてこういう良い顏になるように頑張ります!

2008年1月20日 UTOPIA ユートピア

ユートピアというストリーご存知ですか?
腐敗したある国では、正義を持った数少ない人たちは家族を集めて、もっと平等と平和な社会で生活できる国を探しに出た。無人の土地を見つけて、そこに移住した。仲良く、力を合わせて一生懸命働き、畑が芽生えて、厳しい日常の仕事でもお互いの信頼と調和ができた理想の社会があった。
めでたしめでたし、、と言いたい所だが、ストリーに続きがある。滅びることが宿命と誰もが思うユートピア、だからたどり着けない理想という言葉ができたと思える。しかし、もう一つのモラールがある。
何十年経って、平和で生活を続け、子孫も生まれ、最初の数家族は村になった。ある日、仲良しの皆さんが長老を訪ねた;人数も増えたことでもあるし、そろそろ法を作ったり、リーダーを決めたりする時期だと。長老に是非お願いしたいと。
皆が喜んで下さると思っていた長老は、泣き出し泣き出し泣きやまぬ!どうして?と皆が訪ねたら、長老はこう答えた;自分達の努力で調和を取ることを辞めて、頼れるルールを作りたいと思った時点でユートピアは滅びた!

今の我々の社会に似いた現象が起こっていると感じます。
悪人から善人を守る社会はどんどんルールを作って、善人を縛っていきます。
また不安になる善人は何とか自分達を努力するより、もっとルールを要求し、ルール作りに安心をします。
常識はどこに行ったのでしょうか?
未成年はタバコを吸わないようにする方法は大人がタバコを買うための免許制にすること本末転倒に思いませんか?

昔のリーダーはキャリスマーリーダーで厳しい方々でありながら天才型で、皆ついて行くタイプでした。彼らのおかげで成長期の日本も今の日本もあります。
現在のリーダーは怒ったり○○野郎と言ったりしたら、若手はついてこないですね。肩書きだけの社会ではなく、信頼関係・人間関係に基づくチームワークは鍵となってきています。我々は30〜40年後に21世紀次代のリーダータイプをどう思われて欲しいかどうあって欲しいかも考えるバットンタッチ時期かも知れません。
最近のサービス業増加での一番の悩みと問題はマニュアルの存在です。昔からのOJT教育では間に合わない人材の必要性と長い見習い期間に堪えなくなった世代の現状です。本来はマニュアルが必要のないものですが、マニュアルを作ることによって、その中でしか行動しない人もでてきます。提案・アイデア・対話を枯れないようにどうするかはポイントでしょう。
その中で対話は日本人に取って特に大事な気がします。ケンカではなく討論、激しくても相手への積極的な考えさえあればいいですが、その見分けは難しいですね。
人間なんて一番複雑な生き物ですね!でも(だから)恋しい素晴らしい生き物であります。

尊敬できる存在は誰もが出会いたいものですね。

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