口から生れたと言われる程議論好きなフランス人は、他人との意見交換、口論にならない議論を面白く楽しく一晩中に語れます。お互いの視線を相手に伝えようとするコミュニケーション、相手の立場を理解しようとするマインド、その場に日本の方がいらしゃるとけんかと勘違いされるようです。そうではない理由は、相手を尊敬することをスタートラインにしていることだと思います。年齢上下関係なく、個人の意見を正確に伝えよう・理解しようとする一生懸命な姿勢があるからです。それは相手の意見が大事だと思っているからです。どうでも良い人間へ一生懸命発信しても仕方ないという発想はどこかありますので、そういう話しをされたら、「あなたの意見が私に取っては大事です」という裏の意志表示も理解して頂くことは異文化コミュニケーションに大事かと思います。日本の文化では言葉要らずで阿吽の呼吸を目指すべきでしょうが、下手でも言葉は必要な時があります。それを否定しても現代社会に背を向けるだけに見えます。また、言葉だけ頼りせずにそれ以外のシグナルを感知できるように感を研ぐことを最近しなくなったのが残念で、再認識も必要な気がします。
最近、師匠から言われたことはとても印象的でした:武士は無駄な戦い(命賭け)しない、覚えておくと良い!
似ているようでも、雷でストライクされたような閃きでした。すべてそれに置き換えると、色々分かりやすくなりました。
理解するのと実施するとの間の距離は遠いものでしょうが、千里の道も一歩から始まります。私は一歩目のための足を上げた時点にやっと立った気がします。


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